1999/04/28

下川みくにソロデビューイベント

 みくにみくにみくにぃぃぃっ!!!!
 さて、4月28日(注1)は何の日だったか知ってますか?そう、下川みくにファーストシングル『BELIEVER~旅立ちの歌~』の発売日なのでした!皆、買ったかな?…買ってない?買え。買え買え買え買え!!!!
 という訳で、その日、池袋サンシャインシティの噴水広場で下川みくにちゃんのソロデビューイベントがあったのだ!もちろん行きましたよ。ではこれからお話しましょう――。

 待ちに待った4月28日。午前9時30分。家を出て電車に乗り込む。ま、時間はたっぷりあるので、アキバに行こう(注2)と思い、アキバまでの切符を買う。
 アキバに着いたのは午後12時頃。平日だってのに混み混み。
 で、結局ソフマップシカゴ店で『ミラージュ・スペシャルボックス』(注3)を購入する。これからみくにちゃんに逢うってぇのに、なにエロゲー買ってんだよコイツは(注4)
 午後1時。まだ時間あるなとブラブラしていると、急に嫌な予感がして(注5)、急いで山手線に飛び乗る。
 午後1時30分。池袋東口到着。サンシャインはどこだぁ!と地図を見る。…やば!反対側だ!(注6)
 急いで西口に向かう。また地図を見る。ええっと、こう行ってこうか。よし!急ごう!…そういう時って、何か周りの急いでいる奴は全員敵に見えちゃうんだよね(注7)。「午後6時まで時間あるからさ」とか話している奴なんか見た時にはもう…。
 散々迷った挙句、サンシャイン到着。噴水広場はどこだ!とまた地図を見る。
 で、また散々迷って大幅タイムロスしながらも噴水広場到着。と、そこには張り紙が。

『下川みくにイベントについて
(中略)詳しくは噴水広場裏の張り紙を見て下さい。』

 噴水広場の裏に行ってみると、そこでみくにちゃんのCDを売っていた。どうやらCDを買うと整理券を貰えるらしい。と、そこで重大な事が発覚した。それは『握手会』。なんと、みくにちゃんと握手できるのだ!ヤッホー!早速CDを買う。番号は…195番……あ、危ねぇ(注8)
 とにかく。これでみくにちゃんに一歩近づいたぞ!で、イベント参加者の集合は午後4時30分だったので、時間が余った僕はナンジャタウンに行く事にした。

 入場料1,600円を払い中へ。テーマパークだから高いのは仕方ないのかな…と思いながらも中をウロウロする。テーマパークなので、アトラクション毎にお金を払う必要がある。かと言って1日フリーパスを買って遊ぶほど時間ないしね。
 と、ゲームコーナーを発見。平日なので人があまりいない。よし、チャンスだ!と思い僕が向かったのは…『Dance Dance Revolution』。一回やってみたかったんだよね。…なかなか面白い。僕は『beatmania』、『pop'n music』をやった事があるので、すんなりハマれた。4回ぐらいやっちゃった(注9)

 そんなこんなで時間は午後3時30分。ちょっと早いけどもう行くか。ここにいても金使うだけだし。

 という訳で集合場所に行ってみると、既に数十人集まっていた。皆やる事ないんだな(注10)。午後4時30分。ポニーキャニオンのスタッフがやって来た。遂に会場に入れるらしい。で、会場に入ると、見た事ある顔がチラホラ…そう、『DAIBAッテキ!!』、『DAIBAクシンGOLD』に毎回客席にいるあのヲタクどもだ。どうやら先頭集団らしい。で、あいつは?…やはり来たか。『あいつ』とは、“いもっちょ”とかいう奴の事。『DAIBAッテキ!!』の頃から毎回客席にいて、いつも盛り上がっている。彼は、みくにちゃん公式ホームページを作ったりもしている興味がある奴は『DAIBAクシン』から行けるので、行ってみたら?(注11)ちなみに彼の整理番号は2番だった(らしい)。

 午後5時。プレスの取材の為、みくにちゃん登場。
 「みくぅー!!」ファンの声が飛び交う中、写真撮影。だが、僕がいる反対側で行われ、しかも、祝いの花が邪魔で見えない!何だよ!
 …と思っていたら、プレスの依頼で客席をバックに写真を撮る事に。やっとこっち側に来た!でもちょっと遠い。しかも後ろ姿。う~ん、嬉しいのか悲しいのか…。ま、後からじっくり見られるんだけどね。しばらく撮影が続いた後、みくにちゃんはまた控え室に戻ってしまった。

 そして午後6時。遂にイベントスタート!!もう待ちくたびれたよ!ホントに。
 と、みくにちゃんではなくヤローが出て来た。どうやらイベント司会らしい。ちなみに僕はステージのスピーカーの真ん前にいた為、うるさいうるさい。おかげでその夜耳垢がたくさん取れましたよ(下品)。
 前説をチョコッとした後、ようやく主役登場!!と、そこでアクシデント発生。ヤローが邪魔で見えない!ヤローはみくにちゃんの左側にピタッと位置取り、終始そこにいやがった。おかげで写真取るのに苦労したわ。
 まず、みくにちゃんとヤローがシングルCDについて雑談を交わす。と、ヤローが「プロデュースはあの広瀬香美さんなんだよね」と話を振ってきた。
「広瀬香美さんはどんな人だった?」
「可愛い人」とみくにちゃんが答えた後で、みくにちゃんとヤローがなんか内緒話をし始め、しばらくして、
「可愛い人でした」とみくにちゃんは言い直した。どうやらヤローに注意を受けたらしい(注12)
 そんなやり取りの後、まず、カップリング曲の『アドレナリン』を歌った。カップリング曲だし、人前で歌うのは初めてらしい。
 …と、僕はある事に気が付いた。それはこっちを向いてくれない!という事。ステージ中央の方はもちろん、みくにちゃんの右手側には向くんだけど、僕らのいる左手側には一切見向きもしなかった。僕は「こっちむいてよ」と呟いていた(注13)が、所詮呟き。聞こえるわけがなかった。今思えば「みくにちゃ~ん!こっち向いてぇ!」とか言えば良かったななんて後悔している(注14)
 『アドレナリン』を歌い終わると、今度は『サイン入りポスター争奪ジャンケン大会』が始まった。どうやらポスターは5本あるらしい。よ~し、頑張るぞ!…って言っても運次第だけどね(注15)
「じゃ~んけ~ん…」
 ぽーん!
 僕はチョキ!みくにちゃんは…パー!…よし、勝ち!まず第1関門(?)クリア!
「じゃ~んけ~ん…」
 ぽーん!
 僕はパー!みくにちゃんは…チョキ!くっそ!負けた!
 …そうだ、“いもっちょ”はどうなった?…ちっ!まだ残ってる。ガッツポーズしてるぜ。
「じゃ~んけ~ん…」
 ぽーん!
 負けろ負けろ負けろ負けろ(注16)…。
 …負けた!よっしゃ!僕は小さくガッツポーズをしていた。へっ!お前ばっかりいい思いされてたまるか!!(注17)
 ジャンケン大会が終わると、いよいよ『BELIEVER ~旅立ちの歌~』を歌った。しかし、相変わらずみくにちゃんはこっちを向いてくれなかった。誰か気に入らない奴がいたんだろうか。ま、僕じゃないだろうけどね(注18)

 そして遂に握手会が始まった。
 人数の都合上、20人位ずつブロックに分けて行う事になったのだが、ここで嬉しいお知らせ。会場の構造の都合上、あの先頭集団のヲタク共の握手の順番が4ブロック目という、とてもラッキーな事態が起きた。へっ!ざまーみろ!結局、整理番号100番目位の奴等がラッキーな事に1ブロック目になった。
 ……まだかな、まだかな…。ちなみに、みくにちゃんはプレス陣に囲まれ、ここからでは見る事ができない。
 ……そして、ようやく僕の番が近付いてきた。 …イベント前にきちんと手は洗った。やっぱり、「頑張ってね」くらい言わないとマズいかな…とか、色々考えているうちに――その時は来た。
 ドキドキドキ…がし。(手を握った音)
 緊張のあまり、僕は気が動転して、僕の右手で彼女の差し出された左手を握り、そして僕の左手でなんと彼女の右手首を握っていた!彼女の手首はスベスベで気持ち良かった…。もちろん、手もね。
「が、頑張ってね…」それが聞こえたかどうかはわからないほど小声で言っちゃった(注19)。…と、スタッフにやや強引に押し出されてしまった
 とにかく遂に夢は叶った。前回の涙の落選(こちらを参照)から1ヶ月。遂に『みくにちゃんに逢う』という念願達成。しかも、握手まで!これ以上の喜びがあるだろうか?!と、優越感に浸る僕。

 ――が、その優越感の後、ある事に気がついた。
 それは…緊張のあまり、みくにちゃんの顔を(間近で)見てなかった!!!!
 な、なんて事だ!そんな事があっていいのか!?(注20)これではオズオズと帰れない。よし!『出待ち』しよう!『出待ち』というのは、イベントが終わって帰るところを待って押し掛けるというもの。巷のアイドルでは日常茶飯事。

 …待つ事20分。ようやく握手会を含め全てのイベントが終わった。と、控え室出口には人が殺到していた。皆同じ事を考えていたらしい。『おしくら饅頭』状態。
「集まるんじゃねぇ!」スタッフの罵声が飛ぶ。
 結局、あまりの混雑の為か、みくにちゃんは出て来なかった。ま、当然といえば当然なのだが。
「みくにちゃんはもう帰りました!!ですので集まらないで下さい!!」
 ホントかよ…。始めは誰も帰ろうとはしなかった。でも、その後5分経つ頃にはもう皆帰り始めていた。
 でも、僕は待ってみる事にした。

 …10分経過。やっぱりまだ出て来ないな。

 ……更に10分経過………更に10分経過…………更に10分経過。

 ……………出て来ない。やっぱり駄目なのか。気が付くと、他に20人位いた『出待ち』をしていた奴等もいなくなり、僕一人だけがポツンと取り残されていた。はぁ、やっぱり間近で顔を見ないまま僕は帰るのか……帰るか。
 念の為、地下駐車場にも行ってみるが、当然姿は見えない。トボトボと家路に着く。

 みくにちゃんの顔を(間近で)見なかった。
 みくにちゃんの顔を(間近で)見なかった。
 みくにちゃんの顔を(間近で)見なかったぁぁぁぁぁっ!!!!!!!
 くっそー!くやしかぁ…!!(イトイ君のマネ(注21)
 …でもまぁ握手できたし、写真も取ったからまだマシか。次回に期待しよう。と、素早い開き直り。

<イベント会場内解説>

※黄色で塗られた部分は人がギッシリ詰まっていた場所。
(1) 僕がいた場所。
(2) 下川みくにの立ち位置。握手会の場所もこの辺り。
(3) ヤロー。邪魔!
(4) スピーカー。大音量が出る。
(5) 早く整理券を入手した人(50人位)だけが座れるパイプ椅子。当然“いもっちょ”も座ってた。
(6) みくにちゃんがプレスの取材(というか撮影)を受けていた場所。後ろの線が引かれた部分には、ポスターが張られたパネルが立てられていた。両脇の丸印は『DAIBAクシン』と『HeyHeyHey Music Champ』から贈られた花。
(7) ここからみくにちゃんが入場。先には控え室入り口が。
(8) テレビカメラ。どこの局のものかは不明だが、その後この様子がテレビで流れる事は無かった…。
(9) 噴水。みくにちゃん登場の時、水が高々と吹き出した。
(10) 廊下。人がギッシリ集まっていた(最終的には1,500人位?)。


▲ 中心にいるのが下川みくに本人。テレビカメラがたくさんいるが、どこで使われたのかは謎。


▲ 2階のバルコニーにも人がたくさん集まっていた(見えなくてゴメン)。


▲ 下川みくにと握手した直後の自分の手。この時はまだ手は洗ってないけど、やましい事はしてないぞ(やましい事って何だよ)。


▲ ファーストシングル『BELIEVER ~旅立ちの歌~』のジャケット写真。何気に写りこんでいる、撮影スタッフ達の影が手抜き感たっぷりで哀愁を誘う(笑)。

<注釈>
(注1) 1999年4月28日。
(注2) 何度も言うが、こういうイベントにいく時はこういう考えを持つべきではない。
(注3) ディスカバリーよりPC-98で発売された3DRPG『ミラージュ』2作をWindowsに移植した限定版。
(注4) そういう人なんです、私は(笑)。
(注5) 気付くのが遅いと言えば遅い。
(注6) 初歩的なミス。別に方向オンチなわけではない。
(注7) こういう時に、こう思うのは僕だけでないはず。
(注8) 実は、握手はCDを買った人全員ができるという事をその後で知った。しかし、もし先着何名だったにしても、それを知らずに何が危なかったのかは謎。ちなみに、購入者は1,221人だったらしい。
(注9) 誰もいないゲームセンターで一人『DDR』をプレイする僕…なんだかな。
(注10) 当たり前と言えば当たり前であるが。僕もゲームセンターで一人『DDR』やってたし。
(注11) 現在、どちらのサイトも閉鎖。
(注12) 事務所から敬語を使うようにと言われていたらしい。この数ヵ月後に出演したラジオ番組でも同じような事をして、そう話していた。
(注13) 小心者なので叫べない(泣)。
(注14) なにぶん小心者なのでそんな事できない(泣)。
(注15) それを言ったらおしまいである。
(注16) なぜか嫉妬心丸出し。
(注17) 我ながら陰気な奴…。
(注18) なぜか自信満々。
(注19) 小心者の悲しい性。
(注20) 実際にあってしまったから仕方ない。
(注21) 『『DAIBAッテキ!!』スタジオ観覧抽選に…』の回を参照。

当時趣味で書いたコラムより、一部加筆修正して掲載

(2005年3月22日 記事修正)
(2017年4月29日 記事修正)

[ケイゴノリポート]

1999/03/22

『DAIBAッテキ!!』スタジオ観覧抽選に…

 最初にこのページを開いてくれた人、初めまして。他のページを読んでからこのページに来た人、また会ったな。Ke1goです。
 僕はヲタク野郎です。今までにハマったものと言えば『ときめきメモリアル』(注1)とか、『Piaキャロットへようこそ!!』(注2)とかあるんだけど、ま、どうでもいいか。
 最近は、ちょっと田中麗奈ちゃんにハマってたんだよね。なぜ過去形かは後々分かるという事で、田中麗奈、知る人ぞ知るあの“なっちゃん”(注3)だ。可愛いじゃないの。最近気付いたんだけど、僕って、セミロングへアーフェチなんだよね。だから、あーいう髪型の女の子にすぐなびいちゃう。内山理名とか虹野沙希(注4)とかね。
 話を戻すと、麗奈ちゃんの写真集早く出ないかなぁ(注5)なんて思ってるんだけど、なかなか出てくれないな。どういう事だよ。今年中には出るんだろうか。楽しみだなぁ…なんて期待して待っている所に、また僕の胸をときめかせた女の子(注6)が目の前に現れた。
 その娘の名は…下川みくにちゃん

 1999年3月8日。
 前々から知り合いの人が「『DAIBAッテキ!!』(注7)面白いよ、チェキッ娘(注8)可愛いよ」なんて言うもんだから、どれ程のものかと見てみたのだが…………ハマった
 あのスタジオの雰囲気。昔、金月真美と長沢ゆりかのジョイントコンサート(注9)に行った時に体験したあのヲタッキーな空気。そして何よりも、チェキッ娘が可愛い。で、「チェキッ娘可愛いなぁ…」なんてしばらく見ていると、一人の女の子が目に付いた。それがみくにちゃん。
 1980年3月19日生まれの19歳(注10)。ひとつ年上か。麗奈ちゃんと同じだな。ま、それは置いといて、髪型がセミロング。そんな事はどうでもよい。可愛い。
 それからというものの、僕は毎日ビデオに録画した(注11)。みくにちゃんにいつでも逢えるように。ま、それだけじゃないけど(注12)
 そして、3月17日。僕は決意した。『DAIBAッテキ!!』のスタジオへ行こう。スタジオ観覧だ!
 早速ハガキを買い、ポストへ投函。果たして行けるかどうか…と思ったら、番組が終わるではないか。今度からは、『DAIBAクシン』という番組名になるらしい。で、今度は月から木曜日は5分番組で、金曜日が今まで通りの生放送で、あと、土曜日にも昼1時からやるらしいのだ。何という快挙。
 話を戻して、ハガキを送った次の日。『DAIBAッテキ!!』を見ていると、イベントがある事が発表された。
 それは、3月22日にチェキッ娘のバンドチーム・Chee's(チーズ)(注13)のさよならコンサートがあるらしいのだ。それはなんと、当日抽選100名!
 これはもう行くしかないでしょう!!早速22日に向けて旅支度をする僕であった。

 で、3月22日。
 少し早めに行ってジョイポリスで遊ぶかなんて考えて(注14)、午前8時に家を出る。
 着いたのは午前9時30分頃だった。強い北風がビュービュー吹く中、さすがにまだいないだろうなんて安心し、「おお!フジテレビだよ!本物だよ!」なんてはしゃいで玄関前まで行ってみると………いた。
 みんな、良く聞いてくれ。今回のコンサートって抽選なんだよ。そんなに早く来なくたっていいじゃない。思わずそう言いそうになった。しかも、外で待っているんだよ。北風小僧の勘太郎が大暴れしている中(笑)、みんな仲間と喋りながら待っている。
 さすがにそれはきついと思い、僕は列に並ばずに、フジテレビを見学する事にした。え~っと、そこのエスカレーターで7階に行ってみるか。
 ブー…(エスカレータの音)。
 7階に着いた……うっ!寒い!すごい強風。で、何があるのかな?…何?フジテレビ見学ツアー?500円?何だそりゃ?でも、500円払わないと何も楽しめない。いや、何もないのだ(注15)せこいぞフジテレビ!
 仕方なく500円を払い、見学する事にした。これがつまらない。フジテレビの歴代の人気番組なんかのパネルが張ってあって、『おれたちひょうきん族』のパーデンネンの衣装(注16)なんかが飾ってある展覧会みたいなものだった。同じ券で例の球体展望台に行けるのだが、なにせ大混みだったので、やめた。
 只今午前10時30分。う~ん、暇だ。喫煙所でボーっとしていてもつまらない。仕方なく、その時開催していた『石森章太郎展』でやっていた『仮面ライダーBLACK』の映画を見る事にした。
 映画は25分。多分『東映まんが祭り』のヤツだろう。……う~ん、懐かしい。個人的には初代『仮面ライダー』が見たかったのだが、やってなかった。
 さて、映画が終わり、行列はどうなってるのかなと見に行くと…げ!さっき20人位だったのが一気に70人位になってる!(注17)急いで列の最後尾に並ぶ。今の時刻は11時。はぁ。あと3時間も待つのか…。

 ………そして午後1時。
 と、僕の近くにひとりの男がやってきた。…こいつ、横入りする気か?しばらく様子を伺っていると、やはり、横入りしやがった。ま、でも僕は何も言わなかった(注18)。横入りしても抽選だから意味が無いからだ。いや、こいつのお陰で僕が入れるかもしれない。そういう期待もあった。
 午後1時10分。列が動いた。どうやら整理券を配布するらしい。と、突然、例の横入り男が話し掛けてきた。「あの、これって何の列なんですか?」
 おいおい!何も知らずに横入りしたのか!?一瞬そういう考えがよぎったが、僕は冷静に「この列はこういう列なんだよ」と答えた。
「そうですか。僕田舎者だから…」強風で良く聞こえなかったが、男はそんな事を言ったような気がする。
「ちなみに、チェキッ娘でオススメは誰ですか?」
 と、男は訊いてきた。なんだ、チェキッ娘知ってるじゃないか。じゃあ、さっきのあれは確認だったのか。僕はもちろん「みくにちゃんだね」と答えた。
「そうですか。僕は“モモコ”ちゃんなんですよ」その時はそう聞こえた。え?チェキッ娘に“モモコ”なんていたっけ?後にそれは“トモコちゃん”だった事に気付いた。そうか。チェキッ娘ID015の森知子か。なるほど。ま、悪くはないけど、やっぱりみくにちゃんが一番だね。
 それから、その男とは仲良くなり、整理券を貰った後も一緒に話をしていた。
 男の名はイトイ ヤスヒロ。漢字が解らないので、カタカナにしておく。ま、名前は最後の別れ際に聞いたんだけどね。
 イトイ君は、高校2年生。わざわざ見れるかどうかも解らないこのイベントの為に茨城から来たらしい。御苦労様。

 さてそんなこんなで午後2時。ついに抽選会が始まった。
 イトイ君と「はずれたらどうしよう」なんて話をしながら何十分も並んで待つ。これで外れたら、イトイ君可哀相だな。
 遂に、運命の時がやってきた。僕は、箱の中に手を入れる……ごそ…………ぺらっ…。
 紙には“あたり”の文字が…………………………………………………………………………………無い!
「はい、はずれ」係員が冷たい口調(注19)でそう言った。
 そ、そんな…。苦労してここまで来たのに…。
 愕然としながらもイトイ君を待つ。…遠目から見るとどうやら2枚引いてしまってもう一度やり直しをしているらしい。そして、イトイ君がやってきた。
「どうだった?」僕が訊く。
「…駄目だった。1回目2枚引いちゃって、その時1枚“あたり”だったんだけど(注20)……くやしかぁ(注21)…!!」
 イトイ君も僕と同じくらい落胆していた。いや僕以上か。なにせこの為に茨城から来たんだもんな。
 無念。2人トボトボとゆりかもめの駅へ向かう。駅でまたの再会を約束(注22)し、イトイ君と別れた。

 僕はこのまま帰りたくなくなり、フジテレビのちょうど裏側にある、“テレコムセンター駅”で途中下車した。平日のせいか、人があまりいない。
 くやしい。せっかくここまで来たのに。…絶対にまた来てやる!リベンジだ!そう決意し、僕は空き地に行き、正面に見えるフジテレビに向かって叫んだ。

「みくにちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!」

 その数十分後、勝者達は満面の笑みでテレビに映っていたのは言うまでも無い。またその2日後。みくにちゃんが3月31日でチェキッ娘を脱退する事がわかった。ま、僕の情報収入が遅かっただけだが。みくにちゃんはソロデビューする。プロデュースはあの広瀬香美。やったー!ポスター手に入れよっと!

 ちなみに、スタジオ観覧権は落選した。


▲ フジテレビ。ちなみにこれは裏面(?)。ここで悲劇が繰り広げられた。ちなみに、この写真を撮影した場所で雄叫びを上げた(笑)。


▲ この娘が下川みくに。今見ればただの生意気娘であるが…(ビデオ『チェキッ娘 in DAIBAッテキ!!』より)


▲ チェキッ娘集合写真。ちなみにこれは下川みくに脱退後。(『チェキッ娘パーフェクトコレクション』トレーディングカードより)


▲ イトイ君のお気に入りだった森知子。解散後はなんとホリプロに所属し、熊切あさ美と五十嵐恵とで“METAMO”というグループを結成していた。(『チェキッ娘パーフェクトコレクション』トレーディングカードより)

<注釈>
(注1) PC-Engineでコナミから発売された恋愛SLGの金字塔であり、昨今の家庭用ギャルゲーブームの火付け役である。一部では「コナミが汚れたきっかけ」と嘆く人も。
(注2) パソコンでカクテルソフトから発売された18禁恋愛SLG+ADV。SaturnやPC-FXにも移植された。
(注3) 説明の必要も無いが、田中麗奈はサントリーから発売されているジュース“なっちゃん”のCMで一躍有名になった。しかし、当時本人は街中で“なっちゃん”と呼ばれるのが非常に嫌だったらしい。
(注4) なにがおかしいんだ?
(注5) 結局出ませんでした…?
(注6) ヲタクの悲しいサガ…ではないか。
(注7) フジテレビで夕方に生放送でやっていたバラエティ番組。司会はドロンズ。『電波少年』での企画が終わった直後だった。まさにDAIBAッテキ(笑)。
(注8) 『DAIBAッテキ!!』から生まれたアイドルグループ。最終的には20人で構成され、一時期は「次世代“おニャン子クラブ”になるか?」と囁かれた事もあったが、番組終了と共に解散してしまった。その後一部はテレビでソロ活動を行っていたが、今ではほぼ全滅(笑)。下川みくにもその一人である。
(注9) 昔、渋谷で行われた『ときめきメモリアル』関連のイベント。僕が初めて行ったライブでもある。気が向いたら(思い出したら)このコーナーで紹介するかも。
(注10) これはもちろん執筆当時のもの。
(注11) 今でも持ってます。今見ると懐かしすぎて泣けます(笑)。
(注12) 別にやましい目的ではない。
(注13) 後に、下川みくにを除いたメンバーでメジャーデビューした。この時のさよならコンサートはある意味、下川みくに脱退イベントだったのだ。
(注14) 何度も言うが、こういうイベントでこういった考えを持っていると、絶対後で泣きを見るぞ。
(注15) 他にも食堂やグッズショップがあるが、お金を払わないと楽しめないのには違いない。
(注16) みんな覚えてるかな?明石家さんまがやってたアレです。
(注17) 最終的には800人くらいになった。
(注18) すいません。ホントは小心者で文句が言えなかっただけです。
(注19) 無愛想でものすごい冷たい口調で、それが悔しさを更に倍増させた。
(注20) つくづく運のないイトイ君…。
(注21) 最高に訛ってた。
(注22) それ以来、イトイ君とは会ってません。別れる時にメールアドレスを教えてもらったんだが、その時はインターネットを始めてなかったので、まったく意味がなかった。

当時趣味で書いたコラムより、一部加筆修正して掲載

(2005年3月22日 記事修正)
(2017年4月29日 記事修正)

[ケイゴノリポート]